#14 マッチングアプリ②

女の子はすらっと背が高く、寒いのに白く長い脚を剥き出しにしてそこにいた。グレーのマフラーに顔を埋めていたが、可愛いいことはすぐにわかった。いわゆる、いまどきの女の子。自分から声をかけると、ニコッと微笑んでくれる。嫌な顔しないんだ、とまず思った。帰られても仕方ないと思って、家を出ていた。

「じゃあ、行こう」そう言って、予約していたしゃぶしゃぶのお店に向かう。道はざっくり確認済みだから特に迷うことはない。向かう道すがら、彼女が病院勤めであることや、勤務地が新宿であることがわかった。自分も職業のことを話した。思えば、アプリ内ではそのような話は一切していなかった。

しゃぶしゃぶ屋につくと、にわかに嫌な予感がした。店の入り口にたくさんの段ボール。すぐに、店選びに失敗したと思い、苦し紛れに「これは蛙化だね」と口にすると、ふふっと彼女が笑ってくれる。きっと今日は厳しい戦いになろうかと思うが、彼女の優しさに一旦救われた。

席につき、コースを頼んで材料を鍋に入れていく。「そういえば、初対面の人と鍋をつつくのって嫌じゃない?」とふと思い聞くと、また笑って「気にしないですよ」と言ってくれる。良い子だ。そして、こんな可愛くて良い子が目の前でしゃぶしゃぶを食べてくれる事実が信じがたい。

お店ではいろんなことを話した。不思議と話題は尽きず、普段面接をしているみたいに自然と言葉が出た。身振り手振りも交えた。彼女が笑ってくれて、ただただ嬉しかった。入店し、80分くらい経った頃、二人ともお腹いっぱいだねと言い合い、店を出た。時刻は19:40ごろ。一般の男女が別れるには早いが、出会って初日、加えて日曜日、二人とも次の日は仕事である。

「カフェにでも行かない?」と言ったのは自分、ただ、ここら辺で良さそうなお店は結構早めに閉まる。言ったはいいものの、候補が思い浮かばず悩んでいると「前に行ったことがあるカフェにいこう」と提案してくれる。ただ場所がよくわからない、どこだっけ、と言いながらふらふら歩く。

その時何故か、言わなきゃいけないと思い、実は女性経験がないことを新宿のど真ん中で告白する。普通に考えて、やべー奴である。しかし、なぜか言おうと思った。言わなくては偽りの自分になる。ここで引くならそれで良いと思った。

「まだ30じゃん!」

返ってきた返答は意外なもので、拍子抜けした。そして、次の瞬間に頭によぎったのは、「童貞奪ってください」と思われてないか?ということだ。勝手に自爆してしまった、もうだめだ恥ずかしい。そう思っている内に、カフェについた。雑居ビルにある薄暗くて雰囲気のいい場所。幸いにも席は空いており、なんなく座ることができた。

そこで話したのは、他愛のない話題。KPOPが好きだとか、だから新大久保に行くけど韓国には行ったことがないとか、パスポートがないから海外に行けないとか。あとは、タトゥーを入れるならどこに入れたい?とか、その模様は何が良いか、とか。本当にどうでも良いことしか話していない。けれど、自分にはその全てが新鮮で、楽しかった。

「新大久保行くんだね、ここから新大久保行く途中にトー横ってあるでしょ?おれ行ったことないんだよね」

「見たことないの?私何回も通り過ぎたことあるよ」

「ないな、見てみたいけどね、キッズたち」

「え、じゃあ今から見に行く?」

「ほんと?行く行く!連れてってほしい」

話の流れでトー横に行くことになる。時間的には21時を少し回ったところ、今日はトー横巡って締めか。不思議なデートだったけど悪くない気がする。そう思い、カフェを出た。

カフェ自体が歌舞伎町に近かったため、トー横はすぐそこだった。動画で何度か観たことのある光景が広がっていたが、一部封鎖もされていて、そこまでめちゃくちゃな感じではないように思った。動画撮影をしている人が多くて、カメラに映り込まないように二人して歩いた。「どう?トー横は」と聞かれたので、「動画のままで感動してる」と答えて笑い合う。ちょうどゴジラビルを一周し、「今日は治安良い方だったよ」と教えてもらう。

もう目的を果たしてしまったため、新宿駅に歩いて行く。時刻はもうすぐ21:30。状況的に、帰るべきである。もっと一緒にいたい、名残惜しいと思いながらトボトボと歩く。新宿のアルタ前くらいのところで、この後どうする?明日も早いよねと聞くと、「早起き得意だよ」と返ってくる。それを聞いて思わず、「もっと一緒にいたいなぁ」と言ってみる。「うん、私も」と返ってくる。嬉しさが込み上げて、自分の人生にこんな日があるんだと泣きそうになった。

「tinderって会う前にLINE聞いてきたり、ホテル誘ってくる人が多いんだよ。だけどちゃんと食事に誘ってくれて嬉しかった」そう言ってくれる。自分にはキャパオーバーなセリフだと思った。もうどうにでもなれと思った。

「おれだって、ホテル行きたいよ。もっと一緒にいたい」

気づいたら、口にしていた。

すると彼女は「うん、いいよ」と応えてくれた。

「良いんだ?」「いいよ」「じゃあ行こう」「歌舞伎町?」「さっき来た道をもっかい戻る感じか」「再放送だ」

そう言い合い、二人してホテルに向かった。